近年、高齢者の健康維持において、「運動器不安定症」と「ロコモティブシンドローム(以下、ロコモ)」という二つの概念が注目されています。これらはどちらも運動器の機能低下に関連していますが、その定義や診断基準には違いがあります。本記事では、これらの概念の違いや関連性について、具体的な根拠を交えて解説します。
運動器不安定症(Musculoskeletal Ambulation Disability Symptom Complex:MADS)は、高齢者において、運動器疾患によりバランス能力や移動・歩行能力が低下し、転倒リスクが高まった状態を指します。日本整形外科学会などが定めた診断基準では、以下の条件を満たす場合に運動器不安定症と診断されます。
高齢化に伴い運動機能低下をきたす11の運動器疾患または状態の既往があるか、または罹患していること。
日常生活自立度がランクJ(生活自立)またはA(準寝たきり)に相当すること。
以下の運動機能評価のいずれかに該当すること:
開眼片脚起立時間が15秒未満
3メートルTimed Up and Go(TUG)テストが11秒
これらの基準を満たす場合、運動器不安定症と診断され、適切な介入が推奨されます。
ロコモティブシンドローム(ロコモ)は、運動器の障害により移動機能が低下し、要介護や要支援のリスクが高まった状態を指します。日本整形外科学会が提唱するこの概念は、運動器の健康の重要性を広く認識してもらうことを目的としています。
ロコモの診断には、以下のような簡便な自己チェックが用いられます。
片足立ちで靴下がはけない
家の中でつまずいたり滑ったりする
階段を上るのに手すりが必要
横断歩道を青信号で渡りきれない
15分くらい続けて歩けない
これらの項目に該当する場合、ロコモの可能性があり、早期の対策が重要とされています。
運動器不安定症とロコモは、どちらも運動器の機能低下に関連する概念ですが、以下の点で違いがあります。
診断基準の有無:運動器不安定症は明確な診断基準が存在し、医療保険上の疾患として位置付けられています。一方、ロコモは広い概念であり、自己チェックなどを通じて早期発見・予防を目的としています。
対象範囲:運動器不安定症は既に運動器疾患を有し、機能低下が明らかな高齢者が対象となります。これに対し、ロコモは運動器の機能低下が進行中またはそのリスクが高い人々を含み、より広範な層を対象としています。
これらの概念は相互に関連しており、ロコモの段階で適切な予防策を講じることで、運動器不安定症への進行を防ぐことが期待されます。
運動器不安定症とロコモに関する具体的な研究として、以下のようなものがあります。
ロコモティブシンドロームの予防とリハビリテーション:帖佐悦男氏の研究では、ロコモの予防とリハビリテーションの重要性が強調されており、単脚立ちやスクワット運動などの基本的な運動が推奨されています。
運動器不安定症とロコモ、フレイルの関連性:福島健介氏の研究では、運動器不安定症、ロコモ、フレイル(加齢に伴う脆弱性)の関連性が議論されており、これらの概念が高齢者の健康維持において重要であることが示されています。
これらの研究から、運動器の機能低下を早期に発見し、適切な介入を行うことが、高齢者の自立した生活を維持する上で重要であることが示唆されています。
運動器不安定症とロコモティブシンドローム(ロコモ)は、高齢者の運動機能低下に関する概念ですが、それぞれ異なる視点を持っています。
運動器不安定症は、明確な診断基準を持ち、転倒リスクの高い高齢者を対象にした疾患概念です。
ロコモティブシンドロームは、より広範な対象に向けた予防の概念であり、要介護状態を防ぐためのアプローチとして提唱されています。
両者は相互に関連しており、ロコモの段階で適切な運動やリハビリを行うことで、運動器不安定症の発症を防ぐことができます。
また、近年の研究では、ロコモや運動器不安定症はフレイル(加齢に伴う虚弱)とも関連が深いことが示されており、早期の介入が重要であることが明らかになっています。
高齢化社会が進む中で、運動器の健康維持は個人の生活の質(QOL)を向上させるだけでなく、社会全体の医療・介護費の抑制にもつながる重要な課題です。
そのため、日常的に適度な運動を取り入れ、ロコモの早期発見・予防を心がけることが、健康寿命を延ばすための鍵となります。
2025/03/25